今回の調査計画

○ 今回の調査と目的

大阪大学考古学研究室では、猪名川流域をフィールドとして、この地域の古墳時代政治史を解明する調査を進めてきました。2000年から2004年には勝福寺古墳(兵庫県川西市)の調査を実施し、2007年から2011年度は長尾山古墳(兵庫県宝塚市)の調査をおこないました。2012年には、待兼山古墳群(大阪府豊中市)の実態をとらえるための発掘調査もしています。

2015年度からは、科学研究費補助金基盤研究(A)「日本古墳研究リソースを活かした墳丘墓築造と社会関係の国際研究展開」(研究代表:福永伸哉)および同基盤研究(B)「畿内の地域間関係の解明に基づくヤマト政権成立史の新理解」の一環として、日本考古学の独創的方法である「首長系譜分析」の良好なフィールド調査を猪名川流域において実施しています。2015年度~2017年度は兵庫県宝塚市の万籟山古墳の調査を、2018年度からは同八州嶺古墳の調査を行っています。

1.研究のアプローチ-首長系譜分析-

古墳時代(3世紀中葉~7世紀)の350年間には、各地の有力首長の系譜にさまざまな盛衰がみられます。これは直接には地域内の勢力争いの結果ですが、その背後にはヤマト政権と地域首長の政治関係にみられる変化、さらにはヤマト政権中枢部の主導権争いが地域に波及した可能性なども考える必要があります。つまり、この時代における日本列島内の歴史動向を探るためには、地域の古墳築造の展開をふまえたケーススタディが有効なアプローチになるわけです。猪名川流域は、1)地域内の有力古墳の盛衰がはっきりととらえられること、2)有力古墳の調査情報が比較的蓄積されていることから、こうしたアプローチにおいて有効なフィールドと考えられます。

2.大阪大学と長尾山丘陵における古墳の調査

大阪大学考古学研究室では、30年以上にわたって畿内北部の古墳の発掘調査を手がけてきました。

近年は、大学にもほど近い「猪名川流域」をフィールドとして古墳時代首長墳の動向を解明する調査を進めています。猪名川は、丹波高地を源流とし、大阪平野を南流する1級河川で、流域の自治体としては兵庫県側に猪名川町・川西市・宝塚市・伊丹市・尼崎市、大阪府側に豊能町・池田市・箕面市・豊中市があります。このような猪名川流域は、旧国名でいうと摂津の西部にあたり、畿内地域の北西縁辺を占める位置になります。大阪大学では、2000年以来、猪名川流域の長尾山丘陵(兵庫県川西市から宝塚市西部にかけて広がる丘陵)に存在する首長古墳の調査を通じて、猪名川流域における古墳時代史の動きを日本列島規模の視点から位置づける研究を継続してきました。

<勝福寺古墳の調査>
2000~2004年にかけては、長尾山丘陵西部にある川西市勝福寺古墳の調査を同市教育委員会と協力して行い、6世紀初めにこのエリアに約150年ぶりに前方後円墳を築くことのできる有力首長が台頭したことを明らかにするとともに、それが継体大王期の政治変動とかかわる動きであったことを推定しました(『勝福寺古墳の研究』大阪大学文学研究科、2007年刊)。勝福寺古墳の調査成果についてはこちらの「勝福寺古墳デジタル歴史講座」をご覧ください。

勝福寺古墳の発掘調査

<長尾山古墳の調査>
勝福寺古墳の調査成果を受けて、長尾山丘陵の古墳築造動向をさらに解明するために、勝福寺古墳から東に3㎞の近距離に位置しているにもかかわらず、発掘調査が行われたことがなかった長尾山古墳が次の関心事となりました。そして、2007年から地元宝塚市教育委員会の協力を得て、この古墳の発掘調査に着手しました。

この調査成果によって、長尾山古墳が、①古墳時代前期前半(4世紀初めごろ)に築造された猪名川流域における最古級の古墳であり、②長さ42mと墳丘は小さいものの、埴輪、葺石をもつ典型的な前方後円墳と判明しました。さらに、③2010年度の調査では後円部から長さ6.7m、幅2.7mを測る巨大な粘土槨(木棺を粘土でくるんだ埋葬施設)を検出し、2011年度(第8次)には、埋葬施設にとりつく排水溝の存在も明らかとなりました。

長尾山古墳の調査

長尾山古墳の調査成果(2011年度現地説明会資料

<万籟山古墳の調査>
長年にわたる長尾山丘陵における古墳の発掘調査を経て、大阪大学考古学研究室では、考古学界で著名な前期古墳であるにもかかわらず、墳丘調査がなされていない宝塚市万籟山古墳の調査を次の調査対象として選定しました。そして、2015年度から獲得した科学研究費補助金基盤研究 (A)(代表:福永伸哉)「日本古墳研究リソースを活かした墳丘墓築造と社会関係の国際研究展開」による調査プロジェクトとして、宝塚市教育委員会等のご協力のもと、万籟山古墳の調査を行いました。

2015年度は、第1次調査として、万籟山古墳の測量調査をおこない、墳丘の現況や特徴を詳細に把握しました。また2016年度の調査では、発掘調査により墳丘の葺石や埴輪が検出されたほか、墳丘規模がこれまで考えられていたよりもひとまわり大きい64mであることが明らかになりました。2017年度には、当古墳では初めて、樹立された状態で埴輪が発見されたほか、多くの埴輪破片が出土したことで、時期決定の手がかりを得ることができました。葺石も良好に遺存しており、墳丘構造がより一層明らかになりました。

3.今年度の調査

 

<八州嶺古墳の調査>
2018年度からは、万籟山古墳に近接する八州嶺(はっしゅうれい)古墳の調査を行っています。当古墳はかつて、埴輪が採集されたことから認知がなされましたが、その後詳しい情報も得られないまま存在が忘れ去られていきました。その後、当地を踏査した結果埴輪の散布が確認され、2018年度に実施した測量調査の結果、当古墳が前期の前方後円墳である可能性が高くなりました。
今年度は、古墳の墳丘規模と、築造時期を解明することを目的に、発掘調査を実施します。
日々の調査のようすについては、調査期間中、ブログで発信していますので、ぜひご覧ください。